家族のために生かされる・・「新米訪問看護師の日記」

看護師の仕事のこと

こんにちは!にじほです。

訪問看護師半年目のアラフィフです。

医療職として日ごろ思ってても言えない事。家族のために生かされる「延命」について書いてみます。

国民の医療費負担が増加の一途とか医療職の人手不足とかよく言いますけど、こんなの解決するわけないよねって思います。

ぶっちゃけますと、中途半端に医療が発達して、昔なら助からなかった命が助かりますから。言っちゃった💦

こういう話をすると倫理観だの何だの必ず言われるので、日ごろは考えないようにしてます。

だけど生きるとはなんでしょう。

私は、生きるとは、自分の意志で話す・食べる・排泄する、という日常生活が出来て、かつ誰かと嬉しい、楽しい、悲しいとかいう感情を共感できることかなぁと思います。

人として最低限の尊厳。

これが私から見たら明らかに保ててなくて仕事をしていてモヤモヤすることがあります。

スポンサーリンク

胃瘻は本人の意思ですか?

訪問看護に異動してもやもやするのが「胃瘻」と家族です。

胃瘻とは高齢になり嚥下機能が落ちて食事を口から摂取できなくなった方に胃に直接チューブをつないで栄養を摂る方法です。

昔、私が病棟勤務だった頃に師長さんから「胃瘻は長生きするから今は入れない方向に変わってきてる」と聞いていました。

すごく酷な言い方だと思いましたが、高齢で本人の意思が不明でいわゆる寝たきり状態であれば、単なる延命治療になるからという意味なんだと理解しました。

私は胃瘻にするのが悪いと言ってるんじゃないです。

胃瘻の方は、本人の意思が不明で家族の想いが強い。

今のところそんなケースしかいない。

嚥下できなくて胃瘻が入ってる状態。胃瘻から入ったものも喉まで上がって誤嚥する。そこまで嚥下機能が落ちていたら、寝ている時に自分の唾液で誤嚥して肺炎になるんです。

でも、家族は「食べさせてあげたい!」という気持ちが強い。

そうするとどうなるか

誤嚥性肺炎を繰り返す。

「熱がでました」と家族から連絡→緊急訪問する→主治医に連絡→もろもろの検査→主治医の指示→指示の遂行→落ち着く→数日後に「熱が出ました」と家族から連絡。

これは誰のためにやってるのか?????

もちろん家族には今の状況を主治医から説明しますが、たいがいこういう家族は想いが強すぎて理解してもらえません。というか良いように解釈してしまう。

費用にしても、在宅で抗生剤の点滴をするとなればそれだけ訪問する回数も増えます。その抗生剤の治療にかかる費用、胃瘻も定期的に交換が必要だからその費用もあります。

本人負担は介護保険で1割だけど、9割は公費負担。

嫌なこと言いますけど、そんな時はつい考えてしまうんです。税金・・・・。

どこからか「お前医療職だろ!!!」と聞こえてきそう。

だから仕事するときはできるだけ考えない。

スポンサーリンク

本当に必要な人の所に行きたい

だけど「なんだかなぁ」と最近思ってしまったのは、訪問看護が入ったほうがいいんじゃないかなって思うお宅には入れないということがあるから。

50代で大腸がんの末期の方で在宅医療が必要になりそうな方がおられたのですが、経済的なこともあり、今のところ訪問看護が入る予定はないみたいです。

50代だから介護保険の第二号被保険者ですが、特定疾患になるから介護保険は使えると思うのですが、非常に残念です。

化学療法をしている患者さんで、体力が落ちて食べられなくなっても、どうしたらいいのか分からないがために頑張って治療を続けている方はたくさんいます。

そんな方にこそ在宅で関われたら出来ることがあるんじゃないかな。

生活保護や高齢者なら経済的なことは心配せずに訪問看護や介護サービスを使えるのにおかしいです。

低所得者や高齢者ばかり優遇されているように感じるのは私だけでしょうか。

病棟に勤務していた時に高齢で生活保護でガーグルベースンに排尿したり洗面器に排便したりとなかなか意思疎通できない肺がん患者が居ました。

その方が1回何十万円もする治療を受けておられました。

そしてその方は私が夕方のラウンドで訪室した際に心肺停止していて、蘇生してしばらく人工呼吸器管理になり、その後亡くなられました。窒息の原因は横になったままリンゴを食べていたようでした。

スポンサーリンク

おわりに

今は90代でも独居でしっかり暮らしている方は多いです。

施設に入居されていてもお部屋も身なりもきっちりシャンとされている方も多いです。

昔の貧しくてきびしい日本を生き抜いてこられた方は強くて、そんな方たちとお話していると「自分はまだまだ甘いな」と感じることが多いです。

でも、かたや本人の意思は分からずにただ生かされているような方がいるのも事実です。

何をどうしたらいいのか分からないですが、もっと現場を知っている人たちから意見を聞いて、今の制度を変えていかないといけないのではないでしょうか。

あと、とても大切なのが、最期の時の話はなかなか切り出しにくいけど、まだ親が元気なうちにしっかり話さないといけない事ですね。

死に方を決めないとです。

いつ何があるか分からないから、やりたいことをやる。そして死に方もちゃんと決めて家族に伝えておく。

みなさんもちょっと考えてみてください。

今回は少し内容が重くなりました。

雑記ブログでいろいろ書いてますので良かったら他も読んでみてください。

今中断しているバイク教習のお話も展開があればまた書きます。

アラフィフが教習所で骨折したお話はこちら⇩

happyluckyblog.com//bike3

本日も最後まで読んでいただいて本当にありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました